この記事でわかること
- 球面性とは何を仮定しているのか
- 崩れると結果がどちら向きに狂うか
- ε(イプシロン)で自由度を補正する手順
- ExcelにMauchly検定がないときの現実的な対応
📌 前提知識:繰り返し測定分散分析のやり方|Excelでの手順と例題を読んでいると、この記事の位置づけが分かりやすくなります
同じ製品を3つの条件で順に測り、条件間に差があるかを繰り返し測定分散分析で調べた。p=0.037で有意——そう報告した後に、「球面性は確認したのか」と聞かれた。
球面性は、同じ対象を繰り返し測るときにだけ出てくる4つ目の前提です。一元配置分散分析で確認する正規性・等分散性・独立性の3つとは別に必要です。この記事では、崩れると何が起きるかと、崩れていたときの対処を扱います。
球面性を確認する場面
次の条件がそろったときに必要です。
- 同じ対象を繰り返し測っている:同じ製品・同じ被験者・同じロットを条件ごとに測る
- 条件が3水準以上ある:2水準なら対応のあるt検定で済み、球面性は問題にならない
2つ目が重要です。水準が2つならペアの組み合わせは1通りしかないので、「ペアごとの差のばらつきが揃っているか」という問いが成立しません。3水準以上になって初めて出てくる前提です。
NG例(△): グループが独立している実験に球面性を持ち込むことです。別々の対象を3群に分けて比べるなら一元配置分散分析で、確認するのは正規性・等分散性・独立性の3つです。手順は分散分析の前提条件|正規性・等分散・独立性をExcelで確認する手順にまとめました。
もうひとつのNG例が、確認せずに通常のF検定の結果をそのまま報告することです。後述しますが、崩れているとp値は本来より小さく出ます。つまり差がないのに「差がある」と結論しやすくなります。
球面性とは何を仮定しているのか
球面性は、すべての条件ペアについて「差の分散」が等しいという仮定です。
条件A・B・Cの3水準なら、ペアはA−B、A−C、B−Cの3通りです。各対象について差を取り、その分散を3通りぶん計算します。
\[ V(X_A – X_B) = V(X_A – X_C) = V(X_B – X_C) \]
この3つが揃っていれば球面性は成立しています。「各条件のばらつきが等しい」ではなく「ペアの差のばらつきが等しい」という点が、等分散性との違いです。
なぜ差の分散なのか
繰り返し測定では、対象そのものの個体差を取り除いて条件の効果だけを見ます。個体差が消えた後に残るのはペア間の差なので、検定が効くかどうかは差のばらつきに依存します。
たとえば条件AとBは似た挙動をするのに、Cだけ大きく振れるとします。A−Bの差は小さく安定し、A−CとB−Cの差は大きく散らばります。この状態が球面性の崩れです。
崩れるとどちら向きに狂うか
⚠️ 球面性が崩れると、F値は本来より大きく、p値は本来より小さく出ます。
向きが一方向に決まっているのが重要な点です。「差がないのに差があると結論する」側、つまり第1種の誤りが増えます。誤りの2種類の区別は第1種の誤りと第2種の誤り|あわて者とぼんやり者で扱っています。
だから確認を省略すると、危険な側に倒れます。安全側に外れるなら見逃してもよいという判断もありえますが、この前提はそうではありません。
⭐εで自由度を補正する
崩れていたときの標準的な対処が、ε(イプシロン)という係数で自由度を縮める方法です。F値そのものは変えません。
補正の式
\[ df_1′ = \varepsilon (k-1), \quad df_2′ = \varepsilon (k-1)(n-1) \]
k は水準数、n は対象の数です。ε は 1 のとき球面性が完全に成立している状態で、崩れるほど小さくなります。下限は 1/(k−1) で、k=3 なら 0.5 です。
\[ \frac{1}{k-1} \leq \varepsilon \leq 1 \]
自由度が小さくなるとF分布の裾が重くなるので、同じF値でもp値は大きくなります。自由度そのものの意味は自由度とは|意味と数え方をわかりやすく、F分布の形はt分布・カイ二乗分布・F分布の違いと使い分けで扱っています。
同じF値でも判定がひっくり返る
3水準(k=3)を8個体(n=8)で測り、F=4.20 が出たとします。補正前の自由度は df₁=2、df₂=14 です。εを変えるとp値がどう動くかを並べます。
| ε | 補正後の自由度 | p値 | 判定(α=0.05) |
|---|---|---|---|
| 1.00(球面性が成立) | (2.00, 14.00) | 0.0373 | 有意 |
| 0.85 | (1.70, 11.90) | 0.0467 | 有意 |
| 0.65 | (1.30, 9.10) | 0.0633 | 有意でない |
| 0.50(下限・最も保守的) | (1.00, 7.00) | 0.0796 | 有意でない |
F値は4.20のまま一度も変えていません。εが0.85から0.65へ下がるだけで、p値は0.047から0.063へ動き、0.05をまたぎます。
📌 このうちExcelでそのまま再現できるのは1行目と4行目だけです。中央の2行は自由度が小数になり、Excelでは扱えません。理由は後述します。
⚠️ 実務上の意味はここにあります。球面性を確認せずに「p=0.037で有意」と報告すると、本当は有意でない可能性がある。しかも崩れの向きは常に「有意に見せる」側です。
0.05をわずかに超えたときの扱いはp値が0.06だったときの考え方|有意水準の境目をどう扱うかで扱っています。補正によって0.05をまたいだ場合こそ、効果量と信頼区間まで見て判断してください。
⚠️ Excelは小数の自由度を受け取れない
ここで実務上の壁があります。ExcelのF.DIST.RT関数は、自由度に小数を渡すと切り捨てて整数として計算します。表の中央2行のような自由度をそのまま入力しても、意図した値は返りません。
| 入力した式 | Excelが実際に計算する自由度 | 返る値 | 本来の値 |
|---|---|---|---|
=F.DIST.RT(4.20,1.7,11.9) |
(1, 11) | 0.0650 | 0.0467 |
=F.DIST.RT(4.20,1.3,9.1) |
(1, 9) | 0.0707 | 0.0633 |
⚠️ ε=0.85の行は、本来0.0467で有意なのに、切り捨てられると0.0650で有意でなくなります。判定がひっくり返るので、この誤差は無視できません。
⭐下限εなら自由度が整数になる
ところが、下限εを使う場合だけは自由度が必ず整数です。式に下限を代入すると分母の (k−1) が約分で消えるためです。
\[ df_1′ = \frac{1}{k-1}(k-1) = 1, \quad df_2′ = \frac{1}{k-1}(k-1)(n-1) = n-1 \]
水準数kが何であっても、下限εの補正後は必ず (1, n−1) です。k=3でもk=5でも同じです。切り捨ての影響を受けないので、Excelでそのまま計算できます。
=F.DIST.RT(4.20,2,14) ← 補正なし(df = k-1, (k-1)(n-1)) → 0.0373
=F.DIST.RT(4.20,1,7) ← 下限ε補正(df = 1, n-1) → 0.0796
この2つはどちらも整数の自由度なので、Excelの結果と本記事の値は一致します。逆に言えば、Excelだけで扱えるのはこの2つだけです。中間のεを使いたい場合は、後述の別の環境で計算してください。
ExcelにMauchly検定がないときの対応
球面性が成立しているかの判定にはMauchly検定が使われますが、Excelの分析ツールには含まれていません。εの推定値も同様です。現実的な選択肢は3つあります。
| 選択肢 | やること | 向く場面 |
|---|---|---|
| ①下限εで保守的に判定 | ε=1/(k−1) を当てて補正する | Excelだけで完結させたい |
| ②ノンパラメトリックに切り替え | フリードマン検定を使う | 正規性も怪しい |
| ③専用の統計環境で出す | Mauchly検定とεを計算する | 正確な補正が要る |
①下限εを使う
⭐ εの下限は 1/(k−1) と分かっているので、実際のεを知らなくても最も保守的な補正はExcelだけでかけられます。
先の例なら k=3 で下限は0.5、補正後の自由度は (1, 7)、p=0.0796 です。この条件でも有意なら、球面性がどれだけ崩れていても結論は変わりません。逆に有意でなくなるなら、εを正しく推定する価値があります。
⚠️ ただし下限εは最悪の場合を仮定した検定力の低い判定です。本当は有意な差を見逃す可能性が上がります。「有意だった」を強く主張したいときの裏取りには使えますが、これを主判定にすると差を拾えなくなります。
②フリードマン検定に切り替える
順位に置き換えて比べる方法で、球面性も正規性も前提にしません。手順はフリードマン検定で扱っています。正規性のほうも怪しいなら、補正を考えるより切り替えるほうが単純です。ノンパラメトリック手法の全体像はノンパラメトリック検定とは|手法の選び方にまとめました。
③専用の統計環境で計算する
Mauchly検定とεの推定値を出せる環境なら、そちらで計算するのが正確です。Pythonを使う場合の入り口はPython統計解析入門|Excelからの移行手順、検定と関数の対応はscipy.stats早見表|検定と関数の対応一覧で扱っています。
⚠️ ライブラリと関数名は版によって変わるため、この記事では特定の呼び出し方を書きません。使う環境の最新の文書を確認してください。εが小数で得られた場合、その自由度はExcelでは扱えないので、p値まで同じ環境で出してください。
正規性の確認も別に要る
球面性は4つ目の前提であって、ほかの前提を置き換えるものではありません。繰り返し測定分散分析でも、各条件のデータが正規分布に近いかは別に確認します。
手順はシャピロウイルク検定で正規性を確認するで扱っています。サンプル数が少ないときほど、検定より先にヒストグラムで形を見るほうが判断しやすくなります。
独立性については、繰り返し測定では対象内のデータが独立でないことが前提そのものなので、確認するのは対象どうしが独立かどうかです。同じラインの連続したロットを別の対象として扱っていないか、測定の順序が結果に影響していないかを見ます。
よくある失敗
- 2水準なのに球面性を気にする:ペアが1通りしかないので問題にならない
- 等分散性と混同する:等分散は各条件のばらつき、球面性はペアの差のばらつき
- 補正でF値を変えてしまう:εで変えるのは自由度だけ。F値はそのまま
- Excelに小数の自由度をそのまま入れる:切り捨てられるため、意図と違う値が返る
2つ目が最も多い取り違えです。各条件のばらつきが揃っていても、ペアの差のばらつきは揃わないことがあります。条件AとBが連動して動き、Cだけ独立に動くような場合です。等分散性を確認したから球面性も大丈夫、とはなりません。
3つ目は計算上の誤りです。εを掛けるのは自由度であって、F値ではありません。F値を変えてしまうと、補正の意味そのものが変わります。
よくある質問(FAQ)
Q. εはどのくらいなら「崩れている」と判断しますか?
文献では0.75を目安に補正方法を使い分ける記述が見られますが、これは慣行であって規格で定められた線ではありません。実務的には、下限εで補正しても結論が変わらないかをまず確認するのが単純です。変わらなければεの正確な値は要りません。変わる場合だけ、正しく推定する価値があります。判断に迷う水準なら、効果量と信頼区間を併せて報告してください。
Q. Mauchly検定で有意でなければ補正は不要ですか?
一般にはそう扱われますが、Mauchly検定は対象数が少ないと球面性の崩れを検出しにくいという性質があります。「有意でなかった=球面性が成立している」ではなく「崩れを検出できなかった」だけの可能性があります。対象数が少ない実験では、検定結果にかかわらず補正した結果も併せて確認しておくと安全です。
Q. 補正すると差が出なくなりました。どう報告しますか?
補正前後の両方を書いてください。「補正なしでp=0.037、Greenhouse-Geisser補正後にp=0.063」と並べれば、読み手が判断できます。補正後の値だけを出すと情報が減り、補正前だけを出すと危険な側に倒れます。境目の値をどう扱うかは有意水準の考え方の問題なので、効果量と実務上の意味も添えると議論が進みます。
Q. 水準が3つなら、対応のあるt検定を3回やるのではだめですか?
だめです。検定を繰り返すと第1種の誤りが積み上がります。3回繰り返せば、どれか1つが偶然に有意となる確率は5%より大きくなります。分散分析で全体差を見てから多重比較へ進む順序を守ってください。なお球面性が崩れている場合は、多重比較の側でも前提の影響を受けるため、ノンパラメトリックな方法を検討する余地があります。
まとめ
- 球面性はすべての条件ペアで「差の分散」が等しいという仮定。等分散性(各条件のばらつき)とは別物
- 必要なのは同じ対象を繰り返し測り、かつ3水準以上のとき。2水準では問題にならない
- ⚠️崩れるとp値は本来より小さく出る=差がないのに差があると結論しやすくなる
- ⭐F値は変えず自由度をεで縮める(例ではF=4.20のまま、ε 0.85→0.65 でp値が0.047→0.063となり0.05をまたいだ)
- ⭐下限εの補正後の自由度は必ず (1, n−1) の整数になるので、Excelでも計算できる(⚠️中間のεは小数の自由度になり、Excelは切り捨てるため扱えない)
下限εで補正しても有意なら結論は変わらないのでそのまま報告し、有意でなくなるならεを正しく推定するか手法を切り替える、という使い分けです。報告するときは補正前後の両方を並べてください。実験そのものの手順は繰り返し測定分散分析のやり方|Excelでの手順と例題、前提が満たせないときの代替はフリードマン検定へ進むとつながります。有意差が出なかったときの見直し手順は有意差が出ないときのチェックリストにまとめました。統計を体系的に学び直すなら、レベル別のおすすめ書籍を統計学・実験計画法のおすすめ本まとめで紹介しています。
※ εの目安値や補正方法の選び方は文献で紹介されている慣行であり、規格で定められた基準ではありません。掲載した数値は解説のための計算例です。統計ソフトやライブラリの関数名・仕様は版によって変わるため、実際の計算では使用する環境の最新の文書を確認してください。ExcelのF.DIST.RT関数が小数の自由度を切り捨てる挙動も、お使いの版で確認したうえでご利用ください。

