この記事でわかること
- 官能検査で何がばらつくのか
- 一致率だけで判断してはいけない理由
- κ(カッパ)係数の求め方とExcelでの計算
- 一致しないときに何を直すか
📌 関連:測定器で測る検査のばらつきはゲージR&R(測定システム解析)の計算手順|Excelで%GRRを求めるで扱っています。本記事はその人が判定する版です
同じキズを見て、Aさんは「これは合格」、Bさんは「これは不合格」と言う。翌日に同じ人がもう一度見ると、前と違う判定になる——外観検査や官能検査を持つ工程では、よくある話です。
測定器なら校正して精度を確かめられますが、判定するのが人の場合はどうするのか。この記事では、検査員どうしの判定がどれだけ揃っているかを数値で評価する方法を扱います。要点は、一致率をそのまま信じないことです。
検査員の一致度を見る場面
次のようなときに、一致度の評価が要ります。
- 客先から「判定基準が曖昧だ」と指摘されたとき:基準の文章を直す前に、まず現状のばらつきを測る
- 検査員が交代・増員されるとき:新しい人が既存の人と同じ判定をするか
- 限度見本を作り直したとき:見本を変えて判定が揃うようになったか
- 不良の流出と過剰な廃棄が同時に起きているとき:基準そのものがぶれている可能性
NG例(△): 「ベテランのAさんが正しい」という前提で教育することです。Aさん自身が日によって違う判定をしているなら、その教育は誤差を写しているだけです。まず基準となる人が自分の中で揃っているかを確かめてから、他の人と比べます。
もうひとつのNG例が、一致率が高いから問題なしと結論することです。理由は後述しますが、不良率が低い工程ほど一致率は高く出ます。実力を見ているのではなく、判定が偏っているだけという場合があります。
官能検査とは
官能検査は、人の感覚——視覚・聴覚・触覚・嗅覚など——を使って良否を判定する検査です。外観のキズ・打痕・色ムラ、異音、手触り、においなどが対象です。数値で測れないもの、あるいは測る手段はあってもコストが合わないものが残ります。
測定器を使う検査との違いは、判定の基準が人の中にあることです。ノギスなら誰が測っても同じ数値が出ますが、「このキズは許容範囲か」は人によって変わります。
限度見本の役割
この曖昧さを減らすために使うのが限度見本です。合格と不合格の境目にある現物を保管しておき、判定に迷ったときに突き合わせます。文章で「著しいキズがないこと」と書くより、現物を1つ置くほうが伝わります。
ただし限度見本にも注意点があります。
- 経年変化する:見本自体が退色・変形すれば基準がずれる。有効期限と更新の担当を決める
- 境目が1点では足りないことがある:キズの長さと深さのように要素が複数あるなら、それぞれに見本が要る
- 置き場所と照明で見え方が変わる:検査する場所と同じ条件で見比べる
限度見本は管理項目として扱う対象なので、どの工程で何を基準に判定するかはQC工程図とは|作り方と管理項目の決め方に落とし込んでおきます。検査そのものの位置づけ(受入・工程内・出荷)は検査の種類|受入・工程内・出荷の違いと使い分けで整理しています。
一致率だけでは足りない
検査員2人に同じ50個を判定してもらった結果を、2×2の表にまとめます。
| Bさん:合格 | Bさん:不合格 | 計 | |
|---|---|---|---|
| Aさん:合格 | 40 | 4 | 44 |
| Aさん:不合格 | 3 | 3 | 6 |
| 計 | 43 | 7 | 50 |
2人の判定が一致したのは、両方が合格とした40個と、両方が不合格とした3個です。
\[ P_o = \frac{40 + 3}{50} = 0.86 \]
一致率86%。悪くない数字に見えます。
偶然でも一致してしまう
ここで考えたいのは、2人がまったくでたらめに判定しても、ある程度は一致してしまうことです。
この例では、Aさんは50個中44個(88%)を合格としています。Bさんは43個(86%)です。2人とも「ほとんど合格」と言う傾向がある以上、偶然に両方が合格と言う確率はかなり高くなります。
偶然に一致する確率を計算します。両方が合格と言う確率は 0.88 × 0.86、両方が不合格と言う確率は 0.12 × 0.14 です。
\[ P_e = 0.88 \times 0.86 + 0.12 \times 0.14 = 0.7568 + 0.0168 = 0.7736 \]
でたらめに判定しても77.4%は一致するという計算です。実際の一致率86%のうち、大部分は偶然で説明がついてしまいます。
κ係数の求め方
偶然の一致を差し引いて評価する指標がκ(カッパ)係数です。
\[ \kappa = \frac{P_o – P_e}{1 – P_e} \]
分子は「偶然を超えて一致した分」、分母は「偶然を超えて一致しうる最大の余地」です。偶然と同じ程度しか一致しなければ0、完全に一致すれば1です。
先ほどの数値を入れます。
\[ \kappa = \frac{0.86 – 0.7736}{1 – 0.7736} = \frac{0.0864}{0.2264} = 0.382 \]
一致率86%に対して、κは0.382。印象がかなり変わります。
Excelでの計算手順
2×2の表をB2:C3に入れます(B2=両方合格40、C2=Aのみ合格4、B3=Bのみ合格3、C3=両方不合格3)。
=(B2+C3)/SUM($B$2:$C$3) ← 一致率 Po
=((B2+C2)*(B2+B3)+(B3+C3)*(C2+C3))/SUM($B$2:$C$3)^2 ← 偶然一致 Pe
=(F2-F3)/(1-F3) ← κ(F2にPo、F3にPeが入っている場合)
2行目は、行の合計と列の合計を掛けて総数の2乗で割る形です。先ほど手計算した 0.88 × 0.86 + 0.12 × 0.14 と同じ値です。(44×43 + 6×7) ÷ 50² = 1934 ÷ 2500 = 0.7736 です。
⭐同じ一致率でもκは大きく変わる
ここが本題です。別の工程で、同じく50個を2人が判定した結果を見ます。
| Bさん:合格 | Bさん:不合格 | 計 | |
|---|---|---|---|
| Aさん:合格 | 25 | 4 | 29 |
| Aさん:不合格 | 3 | 18 | 21 |
| 計 | 28 | 22 | 50 |
一致したのは 25 + 18 = 43個。一致率は 43 ÷ 50 = 0.86 で、さきほどとまったく同じです。ところが偶然一致は変わります。
\[ P_e = \frac{29 \times 28 + 21 \times 22}{50^2} = \frac{812 + 462}{2500} = 0.5096 \]
\[ \kappa = \frac{0.86 – 0.5096}{1 – 0.5096} = \frac{0.3504}{0.4904} = 0.715 \]
2つの工程を並べます。
| 工程 | 不合格と判定された割合 | 一致率 Po | 偶然一致 Pe | κ |
|---|---|---|---|---|
| 工程1 | 約12〜14% | 0.86 | 0.7736 | 0.382 |
| 工程2 | 約42〜44% | 0.86 | 0.5096 | 0.715 |
一致率はどちらも86%ですが、κは0.382と0.715でほぼ倍の差があります。違いは不良率です。
不良が少ない工程では、2人とも「合格」と言っていれば自動的に一致率が上がります。判定能力を測っているのではなく、「ほとんど合格」という偏りを測っている状態です。
⚠️ 実務上の意味はここにあります。不良率が低い現場ほど、一致率は実力を過大評価する方向にずれます。「うちは一致率95%だから検査は安定している」という判断が、最も危ういのは優良工程だという逆転が起こります。
κをどう読むか
κの値をどの水準で区切るかは、統計学的に一意な基準があるわけではありません。文献では次のような目安が紹介されることが多く、実務でもよく引用されます。
| κ | 紹介されることが多い評価 |
|---|---|
| 0.8以上 | ほぼ一致している |
| 0.6〜0.8 | かなり一致している |
| 0.4〜0.6 | 中程度 |
| 0.4未満 | 一致しているとは言いにくい |
ただしこれは慣行であって、規格で定められた合否ラインではありません。客先との取り決めや社内基準がある場合はそちらが優先します。また、流出したときの損害が大きい特性ほど高い水準を求めるべきで、一律に0.6でよいという話にはなりません。
先ほどの工程1はκ=0.382で、この目安では最下位の区分に入ります。一致率86%という見た目とは評価が逆転します。
検査員内の再現性も見る
ここまでは2人の間の一致(再現性)でしたが、同じ人が同じものを2回判定して揃うか(繰り返し性)も別に確認します。
手順は同じです。1回目と2回目の判定で2×2の表を作り、κを計算します。ここが低い人は、他人と揃える以前の問題で、基準そのものを理解できていないか、判定の条件(照明・時間・姿勢)が安定していません。
測定器の場合に繰り返し性と再現性を分けて評価する考え方はゲージR&R(測定システム解析)の計算手順|Excelで%GRRを求めると同じです。官能検査は、その計数値版にあたります。
一致しないときにやること
κが低かったとき、原因は大きく2つに分かれます。
| 症状 | 見え方 | 対処 |
|---|---|---|
| かたより | 特定の人だけ不合格を多く出す(表の片側に偏る) | その人と基準を突き合わせる。限度見本での再教育 |
| ばらつき | 不一致が表の両側に散る | 基準そのものが曖昧。限度見本の追加・判定条件の標準化 |
最初の例では、AさんだけがNGとした個数が3、BさんだけがNGとした個数が4でした。ほぼ同数なので、どちらかが厳しいという「かたより」ではなく、判定が安定しない「ばらつき」と読めます。この場合、人を教育するより先に基準を見直すほうが効きます。かたよりとばらつきを分けて捉える考え方そのものは測定誤差と有効数字|データの信頼性を確保する基礎で扱っています。
基準を直したら、それを標準として維持する仕組みに載せます。手順は標準化と小集団活動とは|目的と進め方で扱っています。原因が絞れないときは、検査員・時間帯・照明などで分けて見ると傾向が出ます。分け方はチェックシートと層別の使い方|QC七つ道具が使えます。
見逃しと過検出は別の誤り
一致度とは別に、「本当は不良なのに合格と判定する(見逃し)」と「本当は良品なのに不合格と判定する(過検出)」は性質が違う誤りです。前者は客先に流出し、後者は歩留まりを下げます。
この2種類の誤りを分けて考える枠組みは第1種の誤りと第2種の誤り|あわて者とぼんやり者と同じ構造です。κが高くても、2人が揃って見逃していれば意味がありません。一致度は「2人が揃っているか」を見る指標で、「正しいか」は見ていません。
正解が分かっている現物(既知の良品・不良品)を混ぜて判定させれば、揃っているかだけでなく当たっているかも測れます。
一致度を確かめたうえで、その後の不良率を継続して監視するなら計数値の管理図に載せます。作り方はp管理図・np管理図の作り方と見方|不良率・不良個数の管理にまとめました。判定基準が変わると不良率も動くため、基準を見直した時期は記録しておきます。
よくある失敗
- サンプルを合格品ばかりにする:不良が数個しかない構成では、偶然一致が高くなりκが不安定になる
- 判定者にサンプルの正解を伝えてしまう:順番や置き方でヒントが出ないよう並べ替える
- κだけ計算して分割表を見ない:かたよりかばらつきかは、表の形を見ないと分からない
1つ目がとくに起こりやすい失敗です。現場から適当に50個持ってくると、不良率が数%の工程なら不良は1〜2個しか入りません。評価用のサンプルは、不合格になるものを意図的に多めに混ぜて構成します。境目付近のものを増やすと、基準の曖昧さが表に出ます。
3つ目も見落としがちです。κは1つの数字にまとめてしまうため、どちら向きにずれているかの情報が消えます。数字と表はセットで見ます。
よくある質問(FAQ)
Q. サンプルは何個必要ですか?
2×2の表の各マスにある程度の個数が入る構成が望ましく、合計30個程度では境目付近のサンプルが不足しがちです。50個前後を、合格・不合格・境目がそれぞれ含まれるように選ぶと表が埋まります。重要なのは総数より構成で、合格品ばかり50個を集めても評価にはなりません。客先との取り決めがある場合はそちらに従ってください。
Q. 検査員が3人以上のときはどうしますか?
2人ずつの組み合わせでκを計算し、どの組が低いかを見る方法が単純です。3人なら組み合わせはA-B、A-C、B-Cの3組です。特定の1人だけがどの相手とも低ければ、その人と基準の突き合わせが必要だと分かります。全員が互いに低いなら、基準そのものの問題です。3人以上をまとめて1つの指標にする方法もありますが、どこに問題があるかを知りたい場合は組ごとに見るほうが手が打てます。
Q. 合格・不合格の2区分ではなく、3段階以上の判定でも使えますか?
使えます。区分の数だけ表を大きくして(3段階なら3×3)、対角の合計を一致数として同じ式で計算します。ただし段階が増えるほど各マスの個数が減るため、より多くのサンプルが必要です。なお、段階に順序がある場合(優・良・可など)は、隣の段階への外れと2つ離れた外れを区別して重みをつける方法もあります。
Q. κが高ければ検査は問題ないと言えますか?
言えません。κは検査員どうしが揃っているかを見る指標で、判定が正しいかは見ていません。全員が同じ誤った基準を共有していれば、κは高いまま不良が流出します。正解が分かっている現物を混ぜて、揃っているかと当たっているかを別々に確認してください。
まとめ
- 官能検査は判定の基準が人の中にあるため、検査員どうしの一致度を数値で確認する必要がある
- 一致率をそのまま信じない。でたらめに判定しても一定割合は一致する
- κ係数は偶然の一致を差し引いた指標。0が偶然並み、1が完全一致
- ⭐不良率が低い工程ほど一致率は実力を過大評価する(例では一致率がどちらも86%なのに、κは0.382と0.715に分かれた)
- κは揃っているかを見る指標で、正しいかは見ていない。正解が分かる現物を混ぜて別に確認する
不一致が特定の人に偏っていればその人と基準を突き合わせ、両側に散っていれば基準そのものを見直す、という使い分けです。判断には数字だけでなく分割表の形が要るので、κと表はセットで残してください。測定器で測る検査のばらつきはゲージR&R(測定システム解析)の計算手順|Excelで%GRRを求める、見逃しと過検出の考え方は第1種の誤りと第2種の誤り|あわて者とぼんやり者へ進むとつながります。品質管理を体系的に学び直すなら、レベル別のおすすめ書籍を統計学・実験計画法のおすすめ本まとめで紹介しています。
※ κの評価区分は文献で広く紹介されている目安であり、規格で定められた合否基準ではありません。求められる水準は特性の重要度や客先との取り決めによって異なります。掲載した数値は解説のための計算例です。


